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大分地方裁判所 昭和44年(ワ)630号 判決 1973年3月26日

原告 児玉忠義 外三名

被告 国

訴訟代理人 田正勝 外四名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  申立

(一)  原告ら

被告は

(1)  原告児玉忠義、同児玉チヱ子および同児玉恵美子に対し金三一四万二五〇円およびこれに対する昭和四四年一〇月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員

(2)  原告児玉チカに対し金三一四万二五〇円およびこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  被告

主文同旨。

二  請求の原因

(一)  訴外亡児玉ユクは昭和四三年八月二〇日、訴外株式会社大分銀行佐伯支店(以下大分銀行佐伯支店という)に対し、金額一口一〇〇万円として三口計三〇〇万円を満期一年の定期預金として預け入れ、昭和四四年四月九日死亡し、原告児玉忠義、同児玉チヱ子、同児玉恵美子に対し右預金債権を遺贈した。

(二)  原告児玉チカは昭和四三年八月二〇日右大分銀行佐伯支店に対し、金額一口一〇〇万円として三口計三〇〇万円を満期一年の定期預金として預け入れた。

(三)  佐伯税務署歳入歳出外現金出納官吏大蔵事務官伊藤忠は昭和四四年八月二〇日、原告四名およびユクにおいて佐伯税務署から差押を受けるべき債務を負担していないにもかかわらず、故意に右定期預金元利金合計六二八万玉〇〇〇円(原告チカおよびユク名義各一三四万二五〇円宛)を差押債権受入金として取立てた。

(四)  原告らは伊藤の右違法な取立行為により右定期預金元利金を失い、同額の損害を受けたが、その額は原告忠義、同チヱ子および同恵美子が金三一四万二五〇円、原告チカが金一三四万二五〇円である。

(五)  よつて、被告に対し、原告忠義、同チヱ子および同恵美子は金一三四万二五〇円、原告チカは金三一四万二五〇円、および遅延損害金については被告に本件訴状が送達された翌日である昭和四四年一〇月二八日から右各支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

(六)  被告の主張中誠とユクおよび原告らとの身分関係は認めるが、その余の裏実はすべて不知。

三  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)の事実中、ユク名義で原告主張の如き預金がなされたことは認めるが、右預金契約者がユクであるとの主張は否認する。その余の事実は不知。

(二)  同(二)の事実中、原告チカ名義でその主張の如き定期預金がなされたことは認めるが、右預金契約者が原告チカであることは否認する。

(三)  同日の事実は認め、同(四)の事実は否認する。

(四)  本件各定期預金の債権者は訴外児玉誠であり、単に名義のみをユクおよび原告チカ名義としたものである。

(1)  誠は、ユクの夫、原告忠義、同チヱ子、同恵美子の女、同チカの養子であるところ、昭和四四年八月三〇日現在において総額金三一二五万五四七〇円の国税を滞納し、そのため、訴外熊本国税局長より滞納処分として不動産等六七点の差押を受け、さらに訴外佐伯税務署長より滞納処分を受ける虞れがあつた。

(2)  誠は訴外佐伯信用金庫に対し無記名定期預金を有していたところ、昭和四三年八月七日大分地方裁判所佐伯支部において同信用金庫が誠に対し一九五〇万円を支払う旨の調停が成立し、佐伯信用金庫は同年同月二〇日右支払のため誠に額面一九五〇万円の小切手を交付した。誠は右小切手の取立を大分銀行佐伯支店に依頼し、右取立金全額を同人名義で設定した同店の普通預金口座に入金した後、内金一八〇〇万円を振替払により別紙定期預金目録記載のとおりユクおよび原告チカ外六名の名義を以つて定期預金の手続をなし、残額一五〇万円は払戻したもので、右各定期預金の預入手続はいずれも誠の同一の印鑑を用いて行われている。そして、右定期預金のうちユクおよび原告チカ名義の定期預金が本件預金である。

(3)  なお、昭和三七年一二月三一日当時株式会社豊和相互銀行佐伯支店(以下豊和相互銀行佐伯支店という)において、金額五万円二口、同一〇万円一口、同一五〇万円一口合計四口一七〇万円のユク名義の定期預金があつたが、昭和三八年一二月三〇日右五万円二口と一〇万円一口は合して新たな一口の定期預金に振替えられ、右一五〇万円の定期預金も同額の新たな定期預金に振替えられた。さらに昭和三九年三月三〇日右定期預金二口は誠の偽名預金である中野栄次外七名名義の定期預金合計二八三〇万円と合算され、誠の偽名預金である市川祥子外六名名義の定期預金合計三〇〇〇万円に切替えられ、これら定期預金はその後二回の振替えを経てすべて誠の豊和相互銀行佐伯支店に対する借入金債務の弁済に充てられて消滅した。

(4)  また昭和三七年一二月三一日当時豊和相互銀行佐伯支店において、金額一〇万円三口、同二〇万円一口、同三〇万円一口、同三五万円一口合計六口一一五万円の原告チカ名義の定期預金があつたが、そのうち金額一〇万円の定期預金一口は昭和三八年二月一日同原告名義の新定期預金として振替えられた後昭和三九年二月三日払戻され、金額三丑万円の定期預金は昭和三八年一一月五日豊和相互銀行佐伯支店に対する同原告名義の借入金債務の弁済に充てられ、金額三〇万円および同一〇万円の定期預金各一口は同年同月一九日右相互銀行佐伯支店に対する岩谷規代名義の借入金債務の弁済に充てられ、残余の金額一〇万円および同二〇万円の定期預金各一口は同年一二月一四日払戻されている。

(5)  右(3) (4) のユクならびに原告チカ名義の定期預金の預入手続はすべて誠が行つており、ユクおよび原告チカはこれらに全く関与してないものでその債権者でなく、また本件定期預金契約当時も本件預金を為し得る資力を有せず、本件定期預金は誠が滞納処分を免れるため他人名義で行つたものである。

四  証拠<省略>

理由

一  請求原因一および二の事実のうち、原告ら主張の如きユクおよび原告チカを名義人とする定期預金が存したことは当事者間に争いがないところ、右各定期預金契約の債権者が何人であるかについて判断する。

(一)  本件各定期預金預入等の経緯

<証拠省略>によれば、次の如き事実が認められる。

誠は昭和四二年に佐伯信用金庫に対し、一〇口合計金四二五〇万円(金額七〇〇万円一口、六五〇万円一口、五〇〇万円四口、三五〇万円一口、二〇〇万円二口、 一五〇万円一口)の無記名定期預金の返還を求める旨大分地方裁判所佐伯支部に調停を申立てたところ、昭和四三年八月七日同信用金庫は一九五〇万円を支払う旨の調停が成立したので、同年同月二〇日同信用金庫からその振出にかかる金額一九五〇万円の小切手一通を受取つた。同日、誠は右小切手金の取立を大分銀行佐伯支店に委任し、直ちに取立金全額を同支店に自己の普通預金として預け入れた後、内金一八〇〇万円を振替払により別紙定期預金目録記載のとおりユクおよび原告チカ外六名の名義で定期預金の預入手続をなし、右各定期預金証書の交付を受け、残額一五〇万円は払戻したもので、右預入手続はすべて誠所有の「児玉」の印鑑をもつてなしたものである。そして右ユクおよび原告チカ名義の定期預金が本件定期預金であり、本件定期預金の債権者がその名義人であるか否かは暫らくおき、他の前記各定期預金の真の債権者は誠であり、同人が他人名義をもつてなした預金である。

右認定に反する<証拠省略>はにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  誠と原告らおよびユクとの身分関係は当事者間に争いがない。

(三)  本件各定期預金の出捐者等

(1)  その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠省略>によれば、誠は昭和二四年過ぎころからユクおよび原告チカに対し正月や盆に金銭を贈与し、ユクおよび原告チカはこれを豊和相互銀行佐伯支店、次いで佐伯信用金庫に預金し、前記調停の目的となつた佐伯信用金庫における無記名定期預金の内にもユクおよび原告チカが債権者である預金があり、その額はそれぞれ約三〇〇万円であつたこと、誠は右調停において便宜上全部の無記名定期預金が自己に属する旨主張したにすぎなかつたもので、従つて同調停により受領した金銭中約三〇〇万円宛はそれぞれユクおよび原告チカに帰属するものであるから、ユクおよび原告チカのため右金銭をユクおよび原告チカ名義の本件各定期預金となし、その預入手続を代行し、右定期預金証書はユクおよび原告チカが各自保管していたものと認められるかの如くである。

(2)  ところで、<証拠省略>によれば、いずれも名義人をユクとし、預入先を豊和相互銀行佐伯支店として、昭和三七年中に金額五万円二口、同一〇万円一口、同一五〇万円一口の定期預金がなされ、昭和三八年一二月三〇日に右五万円二口と一〇万円の定期預金は金額二〇万円一口の、右一五〇万円の定期預金は同額の新たな定期預金に切替えられ、同年九月四日に金額三〇万円の定期預金が新たになされ、また預入先を佐伯信用金庫として同年一二月一四日金額三〇万円の普通預金がなされていることが認められるが、<証拠省略>によれば、豊和相互銀行佐伯支店における前記ユク名義の金額二〇万円および一五〇万円の各定期預金はいずれも昭和三八年一二月三〇日に払戻されており、金額三〇万円の定期預金は昭和四〇年三月五日同相互銀行佐伯支店に対するユク名義の債務と相殺されていることが認められる。

(3)  また、<証拠省略>によれば、原告チカを名義人とし、預入先を豊和相互銀行佐伯支店として、昭和三七年中に金額一万円二〇口、同一〇万円三口、同三〇万円一口、同三五万円一口の定期預金がなされ、昭和三八年二月一日に右一〇万円の定期預金一口は同額の新たな定期預金に振替えられているが、右振替にかかる金額一〇万円の預金は昭和三九年二月三日払戻され、金額三五万円の定期預金は昭和三八年一一月五日前記相互銀行佐伯支店に対する同原告名義の債務の弁済に充てられ、金額三〇万円および一〇万円一口の各定期預金はいずれも同年一一月一九日に、その余の定期預金はすべて同年一二月一四日にそれぞれ払戻されていることが認められる。

(4)  他方、<証拠省略>によれば、右(2) および(3) のユクならびに原告チカ名義の定期預金が払戻し、もしくは相殺等により消滅した後、本件定期預金に至るまでの間豊和相互銀行佐伯支店ないし佐伯信用金庫にはユクもしくは原告チカ名義の新たな預金はなされておらず、ユクおよび原告チカ名義の右岡および岡の全預金たらびに佐伯信用金庫に対する前記無記名定期預金の各預入および払戻等の手続はすべて誠が行つたことが、また、<証拠省略>によれば、ユクは昭和三五年ころ誠から賃貸して賃料収入を得るため佐伯市内の建物五棟および宅地一筆の贈与を受けた以外は毎月生計費として五万円を受領していたにすぎないことが、さらに、<証拠省略>によれば原告チカは昭和四四年一一月一一日熊本国税局協議団協議官当銘光明に対し、預金債権を有せず、またこれについて全く不知である旨陳述していること、がそれぞれ認められ、<証拠省略>によれば、誠は昭和四三年八月三〇日現在一三二五万五四七〇円の国税を滞納しており、そのころ熊本国税局職員有川春海に対し前記調停により払戻を受けた無記名定期預金全額につき処分権を有するか如き口吻を漏らしていたことが窺われる。

(5)  そこで、右(2) ないし(4) に認められるようた従前のユクおよび原告チカ名義の定期預金の推移の事情、これら預金手続は誠が行つていたこと、ユクの資力、原告チカは本件預金の認識がないこと等、および前示(一)の如き本件ユクと原告チカ名義の定期預金は、誠が調停により自己の債権として払戻を受けた無記名定期預金をそもそもの出捐の資金として、同じく右無記名定期預金の払戻金を本来資金とする原告忠義ら名義の誠が債権者である定期預金と同一の機会に契約され、これら定期預金の預入手続はすべて誠が同人の印鑑を用いて行い、右無記名定期預金の中にはユクや原告チカ名義の本件定期預金とその金額においてほぼ符合するものがないこと、ならびに前記(二)の誠とユクおよび原告らとの身分関係等の事実に対照すると、前記(1) のユクおよび原告チカが各自、自己名義の本件各定期預金の資金を出捐し、その証書を保管していたとの<証拠省略>はにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

却つて、前記(一)(二)および(三)(2) ないし(4) の各事実を総合すれば、ユクおよび原告チカ名義の本件各定期預金は、誠がその所有にかかる前記無記名定期預金の払戻金を預け入れて取得した大分銀行佐伯支店に対する普通預金を振替出掲してなされたものと認められる。

(四)  そうすると、原告ら主張の本件各定期預金は、その名義人はユクもしくは原告チカであるけれども、その資金の出捐者および所要印鑑の所有関係を含めその預入手続を為した者はいずれも誠であるから、本件各定期預金契約の債権者はユクおよび原告チカではなく、誠であるといわざるを得ない。

二、よつて原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから、すべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大喜多啓光)

別紙 定期預金目録<省略>

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